プロフェッショナル

今の団員たちとそういう話をしたことはないので分かりませんが、自分たちの時代は、みんな「プロ意識」を持っていたと思います。

学校では「桃太郎です」と言えば、早退けが許されました。入団テストは小学校の先生の誘導で受けたわけだけれど、選ばれた者であるという意識はあったし、棚田先生が私の小学校教員の一人だったから、学校全体としての理解があったとは思いますが、子供目線では、自分がやっていることが大人に認められている!と誇らしく感じていました。

また演奏会のステージから見る客席には、たくさんの大人がいました。もちろん団員の身内もたくさんいたでしょうが、小学校の先生たち、背広にネクタイのお偉いさんみたいな人々。その人たちを前に、カバさんが私たち団員のことを誇らしげに話してくれる、、。

大人に認められることがプロ意識を感じさえる大きな要因だったと思います。プロ意識とは言っても子供がそう感じていただけだから、大人から見ると他愛のないものでしょう。でも本人たちは真摯でした。

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インターネットというメディアができた今、「団員はプロなのかアマなのか」が重要になっています。

たとえば芸能人にはプライバシーがありません。プロだからすべてを晒して当然という空気です。

では桃太郎の団員たちは?

本人たちがプロ意識に相当するものを持っていなければ、有料の演奏会を開いてはいけません。これは明らかです。OBの一人として言えば、団員たちはプロ意識をもつべきです。では、親目線からははどうか?

プロだったら、親のことも含めてプライバシーをさらけ出されても受け入れるべきですが、団員自身の心はプロであっても、社会的には明らかにプロではないから、プライバシーまでも売り物にしてはいけません。保護者がしっかりと保護してやらなければなりません。

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私はOBとして、団員たちのプロ意識の有無が気にかかります。学校生活の都合だったとしても練習を休んでばかりいるような団員や、桃太郎より他の行事を優先させる団員は、ステージに立つ資格なしと思っています。一方で、親としてみたら桃太郎少年合唱団は我が子の成長過程の一部にすぎません。我が子はプロではありえません。このように、OBとしての思いと、親としての思いを比べたら、当然、親としての思いを勝たせます。団員である期間は人生のごく一部にすぎないけれど、プライバシー保護は一生のことだからです。

そして、気持ちの面で、子供を最後まで守れるのは保護者です。私も含めたOBは、自分たちがそうだったから今も当然斯く斯く然々であるべきという視点で判断しそうになることがありますが、もしそれが我が子の社会生活にとって不利益だったら、親たちは堂々と抗う必要があります。関係者全員がいろんな立場から意見を述べら、全体の利益のバランスをとりながら、それぞれ立場からの許容限度を明確にし、バランスの取れた線引を行った上で、ものごとを進める姿勢が大切だと思います。

このブログが主たる広報媒体として生かされていた間に、線引が明確化されることはなかったので、私一人の内部に併存するOBと親の共生バランスから線引していました。もし私がOBでしかなかったら、もっと危ない状況を導いていたかもしれないし、逆に親でしかなかったら、あれはだめこれもだめと考えて広報メディアとしては成り立たなかったかもしれません。

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ブログとYouTubeを閉鎖する理由は、大雑把にいえば上記のような思いが背景にあります。

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話を戻しますが、簡単に言うと、職業という意味でのプロフェッショナルと、意識の持ち方という意味でのプロフェッショナルは全く異なり、そこを意識した上で「団員たちのあり方」を捉える必要があるわけです。両者の切り分けができないと「団員はプロなのだから、写真や名前をそこら中に晒しても受け入れて当然だ」というリスキーな方向に向かう恐れがあります。

 

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