著作権法違反、プライバシー保護、承諾の範囲

あるとき、私も関係する分野の民間団体の全国大会の配布物を読んでいたら、とてもしっくりとくる表現の文章がありました。すごく理解できるし気持ちも伝わる文章で、「おぉ!」と感心しながら読んでいたのですが、ふと「あれっ、ボクが書いたやつだ」と気づきました。自分が書いた文章だから、気持ちも考えも理解できて当然です。

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この場合、その配布物の一部が、私が共著で出版した本の一部の丸写しだけで成り立っていたので、明白な盗用です。知らない相手(団体)ではないので、とりあえず電話して事情を伝えたら、電話の向こうで平身低頭謝る姿が目に浮かぶほどの恐縮しようで、その団体が次に発刊する機関紙に「件の文章の引用元を書き忘れていたこと」を明記してくれることになりました。これはきちんと実行されただけでなく、謝罪文まで付けられていて却って恐縮しました。

こういうときの気分というものは、なかなか面白いものです。盗用されたこと自体はいまでも不快に思いますが、盗用によって、本来は読者とならなかったであろう多くの人々に読んでもらえたことへの喜びも感じるのです。(この気分には、元の原稿が売り原稿だっだので販売部数に関わりなくもらえる額は変わらないことも関係しています。印税方式だったら、そんな優しい対応は無理です。)

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大学院時代から現在まで、私の仕事は著作権に関わる内容も多いので、文章や画像の著作権については入念な配慮をする習慣になっていました。しかし、音楽の著作権についてはしっかりとした知識をもっていませんでした。

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だからYouTubeを開始するにあたって学びました。法律の専門家ではないから、関係ありそうな項目を知識としてピックアップする程度しかできません。現時点では法整備が遅れていてグレーな部分もあるので、余計に難しいです。

合唱団のような団体に関して言えば、自分たちの演奏会のCDやDVDを著作権使用料を支払わずに配布すること(無償配布、有料頒布とも)、練習の参考にするためにるCDやDVDをコピーしてみんなに配ること(自分で買ったCDやDVDであっても)はアウトです。

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さて、YouTubeはほぼ全世界で視聴可能です(各国の政治的事情を除けば)。その背景には演奏動画の公開と著作権についての面白い(合理的という言うべき?)手法が取られています。

YouTubeは複数の著作権管理団体と包括契約を結んでいます。つまりYouTube運営会社がまとめて著作権料を支払うので、YouTubeの動画配信者はほとんどの(※)楽曲で著作権使用料を気にする必要がありません(←包括契約の期間内であれば)。ところが、個人のホームページやブログに直接動画を載せると、著作権使用料が発生します。なんだか不思議ですね。

(※)YouTubeが契約を結んでいる著作権管理団体の管理下にある楽曲だけなので、世の中のあらゆる楽曲が含まれているとはかぎりません。

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上記は、音声の話です。動画公開においては、音声と映像を別に考える必要があります。

たとえば、桃太郎少年合唱団画像や映像を、写る団員たちに無許可で公開したらアウトです。第三者がやるのは当然アウトですが、桃太郎少年合唱団自身が無断でやるのもアウトです。ブログ、ホームページ、Twitter、Facebook、Instagram、とにかく、誰でも閲覧できるメディアに対して、ひとつひとつ許可が必要です。

それでは大変なので、年度を通じた承諾書を提出してもらうとか、そういう事前措置を施しておいて、その都度全員に断る手間を省くのが一般的なのだろうと思います。

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上に書いた承諾書は本来なら団の正式な広報媒体や新聞雑誌に掲載する範囲に対する承諾であるはずですが、困ったことに、関係者が個人のSNSで写真や映像を出しているケースが少なからずあります。

その点について、保護者たちはデジタルデータは半永久的であることや、いったん公開されたら完全に抹消するのは不可能であることをしっかりと考えるべきです。

たとえば、政治家が団員と一緒に写した写真をTwitterで公開していたとします。その十数年後にその団員が敵対関係にある政党から出馬して、そのときにその写真をマスコミや政敵に取り沙汰されたらどうなるか、というようなことを荒唐無稽な話としてやり過ごすのではなく、起こりうる未来として真摯に考えてみる必要があります。

一方、個人のSNSやブログであっても、桃太郎少年合唱団の良い広報になっている場合もあります。このようなありがたいケースと、上の政治がらみの場合を同列で考えるのはいかがなものかと誰でも思うでしょう。でも、OKとNGの間に線を引こうとしたら、両者ともセーフかアウトかの二者択一になります。

結局、思想、政治、宗教的など、全く色がついていない画像や映像でないかぎり、何らかのリスクが生じうると考えざるをえないでしょう。それを目安として、みんなで考えながら線を引く位置を決めて、必要な相手には頭を下げて、理解してもらう努力が必要です。(でも、無許可の映像・画像の掲載は、そもそもTwitterなどの利用規約に反しています。知らない人、無視する人が多すぎます。)

常識ある人は「この写真、tweetしてもいい?」のように必ず相手に尋ねます。尋ねられたら「OK」「NG」をはっきりと答えましょう。我が子の一生がかかっているのです。相手への気遣いなど無用です。なぜなら、相手は「飴をあげようか?」と尋ねているのではなく、「お子さんの将来を台無しにする恐れを否定できませんが、私の一時的な欲望や私個人の利害関係を優先させます。それでいいですよね?」とダメ押しをしているのです。

こういうことは、わざわざ法律云々を持ち出さなくても、団員たちの長期にわたるプライバシー保護の観点から大切なことです。

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ホントにいろいろ細かいことが多くて、みんなで考えながら、ひとつひとつ潰していかないとだめなのに、骨子が理解できない人は潰すものを間違えて、こういうことを言う人(たとえば私)を潰しにかかります。愚かなことです。

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それから、著作権のことを言うと、著作権使用料、すなわち、お金のことばかりを言って文句をつける人がいますが、それは間違いです。著作権とは、本来、作者とその職能に対する敬意であったはずです。これは著作権使用料が適正であるかどうかとは全く別の話です。

著作権の学習は、こちらをどうぞ。 → 公益社団法人著作権情報センターJASRAC

 

 

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